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81、足下 慣れない筋トレをしたからか、オイラは今ふらふらになりながら歩いている。 歩くたびに腹筋とかふくらはぎとか痛い。 千鳥足って、こういう状態の事を言うんじゃないだろうか。 「葉、勉強もしないとダメだよ」 そう言っては口に加えていたポッキーを齧った。 目の前の机には教科書とかノートが広げられてるけど、 はそれを完全に無視して趣味の読書中。 一言で言えば 『余裕』 だ。 さすがに学年2位は違う。 ちなみに学年主席はマタムネと遊んでいる。 「…もたまには1位になれよ」 疲労困憊の今はその余裕が疎ましくて、オイラは言い返してみた。 中学校に入ってからというもの、は常に常に2位をキープしてる。 言い換えれば、ハオに勝った事がないという事。 はいつもハオに僅差で負けている。 「いいの。私はじりじりと1位の座を脅かす2位が好きなの」 2位取るのも結構苦労するのよ、とは誇らしげに言った。 ……どうしてオイラの周りの女子は、 性格に難のある人間ばっかりなんだろう…。 (2008/03/21) そして最後の最後で抜かすのよ、と彼女は笑う。 82、暗闇 出雲は眠らない街じゃない。 昼間は観光客がいるけど、夜はひっそりとしている。 住宅地はいっそう静か。 そして麻倉家は、夜になると完全な闇に包まれる。 庭のごく一部の灯篭以外に明かりはない。 ぼんやりと灯る灯篭は、優しさと恐怖を兼ね備えている。 でも私は、それが嫌いじゃない。 星や月がはっきりと見えるから。 地上の星は、この仄暗い世界に数個で事足りる。 「もし気に入るのなら、あの星を摘んで、その髪に、その胸に…」 憶えたての歌を口ずさんで、私は部屋の明かりを落とす。 『ハオには星が似合うから』 不意に、昔言った言葉が頭を過ぎる。 私は少しだけ鼓動を早くさせて、 それから逃れるように夢の世界へと旅立った。 (2008/03/21) あの日からずっと、『星』というキーワードに翻弄されている。 83、仲直り 「ハオの分からず屋!」 「僕は葉の理解力の乏しさに呆れるね」 「っ〜〜! お前はまたそんな小難しい事言って!!」 「だから、葉の頭が足りないだけだよ」 それはほんの些細な事。 理由さえ分からないほどの小さな事。 最初はただの言葉の応酬だったんだけど、 いつの間にか大きな口喧嘩に発展してしまった。 「ハオのバカ!」 そう乱暴に言い捨てて、 口喧嘩では僕に勝てないと察した葉が部屋を出て行く。 僕はそれを座ったまま無表情に見送って、 その背中があまりにも寂しそうに見えて、少しだけ悲しくなる。 少し言い過ぎたかもしれない…。 たった今喧嘩したばかりなのに早くも反省していると、 それまで傍観していたが寄ってきて僕の目の前にしゃがみ込む。 それからパチ、と額に痛みを感じて、 一瞬遅れてデコピンをされた事に気付いた。 「喧嘩両成敗。ちゃんと仲直りするんだよ」 そう言って頭を撫でられた。 叱られて、お仕置きをくらって、慰められる。 はいつもこうやって僕らの仲を取り持つ。 は誰とも喧嘩をしない。 真水みたいに済んでいて、優しいから。 僕と違って言葉を選べるし、葉と違って感情を剥き出しにしないから。 「ハオも葉も、どっちも悪くて、どっちも悪くないよ」 髪を梳くように優しく頭を撫でる。 きっとはこれと同じ事を葉にもする。 そう思うと、消化しかけた怒りが嫉妬に変わりそうだった。 (2008/03/21) 麻倉家では、喧嘩が沈静化するまで当事者はご飯抜き。 84、言いかけた言葉 「……」 「……」 静かな部屋で正座させられて、両者睨み合い。 「悪いと思ったら謝りなさい。不満があるならここで言いなさい」 オイラとハオの間にが陣取り、喧嘩の仲裁をする。 に叱られたけど『ごめん』の一言が言えなくて、 叱られて1時間経過したところで強制的にハオと対面させられた。 ハオは無表情で、怒ってるんかそうじゃないんか分からん。 多分、二人とも言い辛いんだと思う。 『ごめん』の一言が。 「……」 「……」 何も言わないオイラたちに、が呆れたように溜め息を吐いた。 「……」 「……」 静かに時間だけが経っていく。 でも、何だかもうどうでも良くなってきた。 あれだけ派手に口喧嘩して、に仲裁までしてもらって。 「…わ」 「ごめん」 悪かった。 そう言いかけて、ハオに遮られた。 「ごめん。少し言い過ぎた」 「…オイラの方こそ、カッとなって…」 最初の言葉はハオに取られたけどオイラたちはようやく謝れた。 はそれを見て満足そうに溜め息を吐いた。 (2008/03/21) よく喧嘩をする双子だから仲裁もベテラン。 85、天井 バタバタと、頭の上で忙しなく走り回る音が聞こえる。 幼い子供のように駆け回って、楽しそうにドンドンと音を響かせる。 「葉」 そう呼ぶと、葉は肩を跳ねさせた。 これは全部葉のせい。 節分に『福は内で鬼だけ外なんて可哀相だ』と、 『鬼も内』と、豆を鳩の餌にするようにそっと放った。 以来、天井裏が煩くなった。 行く当てをなくした鬼が集まったらしい。 「葉」 もう一度呼ぶと、葉は後ろめたそうにそろりとこちらを振り返った。 「毎年の事とはいえ、煩いものは煩いの」 この家には受験生が3人もいるの。 今年ばかりは許せない。 だから、早く退出願って。 そう言外に篭めて睨みつけると、葉は項垂れて部屋を出て行った。 「葉は甘いからね」 ハオはそう言って静かに笑った。 『優しい』ではなく、『甘い』。 本当の優しさは、鬼を山に、自然の中に帰す事。 これはハオの言い分。 私も、それが正しいと思う。 特に、麻倉みたいな特別な家に生まれた者としては。 「また来年なー」 「来年なんて甘い事言ってんじゃないわよ。次に来たら、豆じゃなくて塩撒くからね」 その日の夜、私たちは思いの丈を篭めるように、 剛速球並みの猛スピードの豆を庭に投げつけた。 (2008/02/06) 葉の甘さは危険だと、みんなが口を揃えて言うのに。 86、距離感 「はい、バレンタインデーおめでとう」 「……」 朝、開口一番そう言われてピンクの紙でラッピングされた箱を渡された。 「、バレンタインは…」 「聖バレンティヌスさんの命日です、おめでとう」 だから、人の命日におめでとうって…。 やたまお、母さんからチョコを貰うのは毎年恒例だけど、 おめでとうと言われたのは初めてだった。 「ちょう力作。昨日たまおと一緒に作ったの」 開けてみて。 そう促されて紙を這いで箱の蓋を開けると、 そこには数個のトリュフが並んでいた。 しかもその一つ一つに、ホワイトチョコで『義理』と書かれている。 「どきどき★ロシアンチョコレート。一つ外れがあるから気を付けてね」 味は食べてのお楽しみ。 は笑顔でそう言うと、残りの箱を持って部屋を出て行った。 葉と父さんとじいちゃんに渡しに行くんだろう。 「……」 ほとんどの日本人にとっては運命の日、 年に一度のバレンタインデーにこんな仕打ちって…。 色んな意味で距離を感じる。 ああ、こんなにもが遠い…。 (2008/03/22) 外れはチョコでコーティングされたプチトマトだった。 87、今必要としている物 日本海に面した山陰地方の出雲だけあって、 さすがに2月はまだ寒い。 しかも昨日の夜から雪が降っていて、今朝は相当に寒かった。 登校中、何度も手を擦っては息を当てて暖を取っていると、 見かねたのか、がもぞもぞと動き出した。 「はい、手袋」 そう言うとオイラとハオに片方ずつ手袋をくれた。 オイラもハオも、マフラーは巻いているけど手袋はしていない。 はオイラたちに片方ずつ手袋を着けさせると、 自分は真ん中に陣取って、素手でオイラたちと手を繋いだ。 片手にの手、片手にの白い毛糸のミトン。 の手袋は温かい。 の手はもっと温かい。 曇り空の下、は上機嫌で学校までオイラたちと手を繋いでいた。 (2008/03/22) そして学校で囃し立てられる破目になる。 88、手探り 夜、寝る前になって目覚まし時計をセットしていなかった事を思い出した。 もう電気は消してあるから、また点けて消すのも面倒くさい。 だから頼りなのは月明かりだけなんだけど、 今日は天気が悪くて顔を見せてくれない。 毎日の事だから、時計を置いてある場所は把握している。 しょうがないから暗闇と格闘しながら時計を探していると、 机の角に頭をぶつけてしまった。 結構強めに。 「痛っ!!!」 突然の事に驚いて、意識しないうちに大きな声を上げてしまった。 するとその音と声を聞きつけたのか、静かに襖が開いて、 ハオと葉が顔を出した。 「、どうかしたんか?」 「大丈夫、?」 心配してくれる二人に、私はぶつけた額をさすりながら 苦く笑うしかなかった。 (2008/03/22) 人間、横着はするものではないと改めて知る。 89、泡 今日はこの季節にしては天気が良かったから、 ちょうど良い機会だし、マタムネを洗う事にした。 いつもはと一緒に仕舞い湯に入ってるんだけど、 今の時期夜は冷えるし、昼間に洗う方がマタムネにとっても良いと思った。 だけど、それが間違いだったのかもしれない。 マタムネは昼間に洗われる事が相当嫌なのか、 少しだってじっとしていてくれない。 と風呂に入るときは大人しい(らしい)のに。 「ちょっ…、マタムネ! 待て!」 まだ洗い流していないのにマタムネは体を震わせ、 思いっきり泡を飛び散らせて逃げていった。 もちろん、僕は泡だらけだ。 結局マタムネはに強制連行されて風呂場に戻ってきたのだけど、 洗い終わるとすぐさままた体を震わせて、 今度は湯を僕に撒き散らせて逃げていった。 それをそばで見守っていたは、僕を見て笑っていた。 (2008/03/22) マタムネは、入浴は好きだけど洗われるのは嫌い。 90、スロウモード 1年の中で一番短い2月が終わって3月に入ったと言うのに、 やっぱり出雲の冬はまだ終わらない。 時々春らしい日もあるけど、大抵寒かった。 「ん〜……」 寒いと、布団から出るのが嫌で、眠りから覚めるのも嫌で、 それでも学校があるから毎朝定時に起こされるんだけど、 オイラの頭はまだぼんやりしていた。 「葉、早くしないと遅刻するよ」 そう言って先にご飯を食べ始めていたハオに言われたけど、 いまいち体が起ききれていない。 頭の回転も遅いし、動作もゆっくりだ。 「顔洗ってきたら? 目が覚めるよ」 はもうほとんど食べ終わっていて、 身支度も終わっているようだった。 オイラも早くしないと、とは思うものの、 体は素直に言う事を聞いてくれそうになかった。 (2008/03/22) それでもみんなの協力で遅刻は免れた。 |