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61、逃げ回る 今日、私は15歳になった。 あと1年だと、自分に言い聞かせる。 あと1年経ったら、私は16歳になる。 法律上結婚できる年齢になる。 ずっと前から、物心ついたころからずっと覚悟していたけれど、 私は将来、絶対に麻倉家に嫁ぐ事になる。 麻倉の嫁になる。 ハオか葉の嫁になる。 家は長男のハオが継ぐ。 これは決定事項。 次男の葉は多分おばあちゃんの民宿を継ぐ。 これはまだ分からない。 私は、どちらの嫁になるか、まだ決めあぐねている。 当代であるおじいちゃんは何も言わない。 おばあちゃんも父さま母さまも何も言わない。 アンナも何も言わない。 でも、私は麻倉に嫁ぐ。 一応アンナが葉の許嫁という位置にあるけれど、 決定権は唯一の麻倉の分家の人間である私にある。 麻倉の分家の生き残り。 私はあと1年の間にそれを決めて、 あと3年経ってハオと葉が18歳になったら、多分、嫁ぐ。 逃げるつもりはない。 ただ、決めあぐねているのは確かだ。 私は誰の嫁になるのか。 そんなの、誰も教えてくれない。 本当は、逃げ出したいのに。 (2008/01/28) 誰も教えてくれない、私の未来。 62、嘘 「私は何も知らないよ」 15歳になったは言った。 「私はまだ、なぁんにも知らないの」 楽しそうにリズムをつけて。 無理矢理に作ってみせた笑顔が痛々しくて 僕はどうしようもなく腹立たしい気分になる。 誰に、って? それは、僕自身に決まってる。 それ以外に怒りを感じる人間はいない。 僕にもっと勇気があったら、は簡単に僕のものになるのに。 けれどその勇気を振りかざす事があまりにも乱暴に思えて、 その決断を下すことがあまりにも身勝手に思えて、 結局僕は何も出来ずにいる。 を悩ませているのは僕自身なのに。 を傷付けたくない僕と、傷付きたくない僕がいる。 「大丈夫。まだ何も決まってないから」 僕を安心させるように微笑むに、 僕の心は悲鳴を上げるように軋んだ。 (2008/03/14) ねぇ、僕は君を奪っても良いのかい? 63、No.1 ハオがまたテストで1番を取った。 がまたテストで2番を取った。 オイラはと言うと、とても二人には明かせないような番号。 二人はオイラの成績についてあまり気にしていないようだけど、 こういうのって周りより本人の方が気にするもんだと思う。 特に、優秀な兄と従兄妹を持つと。 ちょっと恥ずかしかったけど結局ばれて、 それから再テストをさせられた。 1週間付きっきりで勉強させられて。 家で、全く同じテストを。 全科目平均で60点取れなかったら1ヶ月風呂掃除。 ぎりぎりで平均60.7点を取って、風呂掃除は免れたけど、 二人はどこか不満そうだった。 社会の39点が気に食わなかったらしい。 二人とは頭の造りが違うんよ。 そう泣きそうになりながら言ったら、二人は揃って溜め息をついた。 オイラ、本当に泣いてもいいかな…。 (2008/03/14) 葉の成績は下の上。 64、橋 わしら麻倉家は代々陰陽師という職に就いているが、 大きなくくりで見ると、シャーマンという人間なんじゃ。 あの世とこの世を繋ぐ、特別な力を持った人間。 あの世とこの世の橋渡しをするようなもんじゃ。 わしも、青森の木乃も、茎子も、幹久も。 そしてお前たち三人も、じゃ。 昔、おじいちゃんに言われた言葉。 あの時は物語か夢のような話だと思ってたけど、 今は何となくそれを理解できるようになってしまった。 いつか大人になったら、お前たちも麻倉の人間になる。 おじいちゃんはそう言った。 だから、私たちはまだ、麻倉の人間じゃない。 本当の意味で。 橋になる訓練はしていない。 橋の枠組みは完成しているけれど。 その訓練はきっともうすぐ始まるけれど。 まだ、夢物語。 全てはまだ、霧の中。 (2008/03/15) シャーマンって何?っていう、そんなレベルの話。 65、ネオン 夜の光は虚しいけど奇麗だ。 出雲にいたらネオンに馴染みなんてないけど、 それでもぼんやりと闇に浮かぶネオンは奇麗だ。 じいちゃんは、その光が自然を浸食しつつあると言う。 寂しそうに、森の下に広がるネオンに目を細める。 それは全く確かな事だと思うけど、 僕はあの光が嫌いじゃない。 100万ドルの夜景とかには興味ないけど、 出雲の地にある退廃的な光は好きだ。 光と闇の境界線のない曖昧な光を放つネオン。 あの光を見ていると、死への回帰本能が沸いてくるような気がする。 それを奇麗だって言ったら、じいちゃんは怒るかな。 (2008/03/15) ネオンは魅力的な甘い匂いがする。 66、グラス 「ん?」 日曜日の昼近く。 ようやく眠気が完全に消えてくれたので、オイラは居間に下りた。 そこで、机の上に並べられたグラスの数に少し驚く。 1、2、3、4、5…。 じいちゃんは仕事、父ちゃんも仕事、母ちゃんは婦人会。 グラスは、ハオととたまおと…。 オイラを入れても一つ余る。 「それ、どうかしたんか?」 「ああ、これ?」 さっきまで客が来てたんだ。 そう、どこか含みのある声でハオが言った。 「どこから嗅ぎ付けたのか、カップルが来てさー」 全く手を付けられていない二つのグラスを指差してが言う。 たまおは少し青い顔をして苦く笑った。 「悪霊退散。良い霊もさようなら」 そう言ってが縁側に置かれた盛り塩を指差した。 なるほど…。 全てに合点がいった。 グラスの中の水も、実は塩水らしい。 自分たちのは普通の水らしいけど。 陰湿なイジメだ。 余ってるけど、飲む? そう問うたに、オイラは勢い良く首を振った。 (2008/03/16) 霊は怖くないけど、寝起きに塩水は飲みたくない。 67、扉 「父さま!」 スパァアンといい音が響いて、襖が開かれる。 反動で少しだけ戻ったが、それでもビリビリ震えているのが分かる。 「ど、どうしたんだい、?」 「とぼけても無駄よ! これ!」 今の横の部屋で新聞を広げていた父さまに私が突き出したのは、 空になった牛乳瓶だった。 「これ、私の! 父さまのは昨日なくなったの!」 「そ、そうだったのかい? それは悪かったね、」 「『悪かった』じゃない!」 どうしてくれるのよ、私の朝の楽しみを! そう叫ぶと、父さまは少し怯んだように仰け反った。 朝一番の牛乳の一気飲みを、この人は…! 「父さま、嫌い!」 「えっ! …!」 泣きそうな声で追いかけてくる声を、 再度鳴ったスパァアンという大きな音で掻き消す。 思いっきり襖を閉めてやった。 やっぱり反動で少しだけ隙間ができたが、そっちの方が好都合だ。 私はドスドスと足音を立てて台所へと消えていった。 父さまには少しの間反省してもらうんだから! (2008/03/16) 幹久は唯一の娘の嬢が可愛くてしょうがない。 68、天使と悪魔 「ふふふふふ…」 朝から不気味な笑い声を上げるに、 僕は寝起きからちょっと驚く事になった。 今日は珍しく7人全員が揃って朝食を取る。 その中でもが父さんの箸だけ逆向きに置いて、 お椀や皿も全て逆向きに並べていた。 「…、どうかしたの?」 「私の朝の楽しみを取られたから、仕返し」 そう言いながら歌でも唄いそうな上機嫌で 淡々と『仕返し』とやらを遂行する。 どうやらと父さんの間に何かあったらしい。 何があったのか知らないけど、 は『仕返し』に対しては物凄く陰湿だから 僕は触らぬ神に祟りなしだと、何も言わずに席に着いた。 (2008/03/17) 嬢の仕返しは精神系が多い。 69、幸せ 「…」 朝から凹んでいる父ちゃんを見て、 オイラは寝起きからちょっと可哀相な気持ちになった。 よく見たら、父ちゃんの食器だけ全部逆向きになってる。 こういう細かいマナーには煩いじいちゃんが何も言わないって事は、 父ちゃんはそれなりの何かをしたんだろう。 に。 「、ごめんよぉ…」 当のはと言うと、父ちゃんの事を完全に無視して飯を食ってる。 こういう時、オイラはちょっとラッキーだなって思う。 の怒りの矛先がオイラに向かなくて良かった、って。 父ちゃんごめん。 オイラ、自分の身の方が可愛い。 (2008/03/17) 一番頻繁に怒られる葉のささやかな幸せ。 70、コーヒー 「はい、お茶が入ったよ」 私はお盆を持って居間に入る。 お盆の上には緑茶が2つと紅茶とコーヒーが一つずつ。 もういい加減寒くなってきたから縁側の障子は閉めて、 温かいものでも飲んで日曜日の午後を楽しむ。 たまおはお茶請けを持って私の後ろを付いてくる。 「はい」 私はそれぞれに飲み物を配給していく。 お茶の入った湯飲みは葉とたまお。 コーヒーはハオ、紅茶は私。 一応砂糖とミルクを置いておく。 「ん、サンキュー」 「ありがとう」 葉とハオが、それぞれの飲み物に手をつける。 葉は緑茶で完全に和んでいるし、ハオはそのまま優雅に口を付ける。 飲めないわけじゃないけど、コーヒーは苦手だ。 だから、コーヒーをブラックで飲める同い年の従兄妹がいると、 何だかちょっと変な気分になる。 「たまおももういいよ。お茶、一緒に飲もう」 「はい。ありがとうございますっ」 ぺこんと一礼をして、席に着くたまお。 緑茶、紅茶、緑茶、コーヒー。 …やっぱり変な組み合わせだ。 今度から一律緑茶にしよう…。 (2008/03/17) 飲み物くらい統一しなさい、と言うのがアンナの意見。 |