1、暁

目を開けたらそこに二人がいた。
生まれて初めて見たのは彼らかもしれない。
兄妹であって兄妹ではない、家族であって家族でない、従兄妹の私たち。
複雑な家庭に生まれた私が今まで道を踏み外さずに生きてこられたのは
彼らのお陰かもしれない。

おじいちゃんと母さまと父さまとハオと葉、そして私。
これが旧家・麻倉の面子。
これが、私の家族。

今日も朝が始まる。

「ハオ、葉、おはよう」
「おはよう、
「おはよう、

(2004/02/12) 赤ちゃんって、生まれてすぐに目が見えるわけじゃないらしい。





2、椅子

「……今日おじいちゃんは?」

朝ご飯の用意をするたまおとそれを手伝う
はいつもいる祖父の席を見て言った。
彼の席は空いている。

「葉明様なら政界の方にお会いしに東京まで行っています」
「父さまと母さまは?」
「幹久様は葉明様と一緒に東京に、茎子様は婦人会の旅行に行かれました」
「ふーん………あ、葉、おはよう。ご飯出来てるよ」

は目玉焼きの乗ったフライパンを火から離し、良い具合に焼けた目玉焼きを葉の皿に乗せた。
その瞬間、の目が祖父の席を盗み見たのを僕は見逃さなかった。
は気付いている。
祖父の席に陣取る、過保護な祖父が密かに残していった子鬼の存在に。

僕も気付いていた。
朝起きたときからそこに子鬼がいて、じっと僕らを見張っている事を。
(こう言ったら表現が悪いかもしれないけど)

と僕しか気付いていない。
祖父よりも力のあると僕だけが、小鬼の存在に気付き、見て見ぬふりをした。

(2004/02/12) 放任主義だけど孫が気になる麻倉葉明(81)





3、音楽

今日は、なんか手持ち無沙汰だ。
それというのも、全てはMDの電池が切れたからだ。
だからオイラのヘッドフォンは、今ただの飾りになってる。
まあ、大抵は飾りみたいなもんだけど。

「葉、お前ちゃんと授業受けろよ」

ハオが体操服を脱ぎながら言った。
今は体育の時間だったから、隣のクラスのハオと一緒に授業を受ける。
この時だけ、オイラたち兄弟が揃う。
せっかくクラスを分けるんだから、授業でも一緒にならんように学校側も考えてくれ、と思った。
もう、慣れたけど。

「お前さ、いつもこんな感じなの?」
「いや、今日は特別。いつもはそれなりに真面目に受けてるんよ」

それなりに、という言葉にハオは笑った。
なんとなく予想してたらしい。
見抜かれてるみたいで、ちょっと癪だ。

「お前のMD、電池が切れたんだろ」

…見抜かれてた。

「なんで知ってるんよ…」
が朝言ってた。葉はMDの充電しないから、そろそろ電池が切れる、って」

制服の間からごそごそと取り出したのは、コンビニの袋。

「はい、電池。から」
「おお、サンキュ」

ハオが渡してくれたのは単3の電池。
オイラのMDは単4の電池。

はたまにボケるから、こういう失敗もよくある。
この前はハオの足のサイズ間違えてたし、砂糖と塩を間違えて料理した事もあった。
そう考えると、これはまだ可愛いほうかもしれない。

だけど………結局、家に帰るまでMDは聴けそうにない。

(2004/02/19) 単3と単4は紛らわしい。





4、鍵

「ん? これ、何の鍵?」

部屋の掃除中に見つけたのは小さな鍵。
見るからに玩具の鍵だけど、玩具にしては造りがしっかりしている。

「何だったかしら?」

記憶を辿ってみる。
アンティークを意識したような形の銀色の鍵。
見覚えがあるような、ないような…。

しばらく悩んだ末、ひとつの箱の存在を思い出す。
ああ、確か、あれは玩具の宝箱の鍵だった。
大切にしていたから、まだ押入れのどこかにあるはず。

探してみると、案の定、押入れの奥のほうにそれはあった。
やっぱり、玩具にしては出来すぎた、細かい細工を施された宝箱。
昔、この鍵を失くしたと言って泣いた事があったような…。
よほど大切なものらしいが、今の今まで忘れていた。

宝箱を開けてみると、中には色々な物が入っていた。
キラキラと光る綺麗な石に、玩具の指輪。
それに、ずっと昔にハオと葉に貰った夜店の首飾り。
夜店独特の安っぽい造りの、赤い硝子玉のついた首飾り。

そうだった。
私はこれを取り出す事ができなくなったから泣いたのだった。

私は急に訪れた喜びを噛み締め、うっすらと笑った。

今では、その首飾りは私の首元で揺れている。
服の下、星が零れるような小さな金属音を鳴らしながら。

この首飾りを見つけた事は、まだ誰にも言っていない。

(2004/03/02) 小さい頃の思い出ほど忘れられないものが多い。





5、道路

と他の男が話をする。
それを見るだけで僕は信じられないくらい気分が悪くなる。
それは、例えば休み時間にと談笑をする男子であったり、
放課後にと一緒に委員会活動をする男子であったり、
はてまたは、今と一緒に家路を歩く葉であったりする。

この焦燥感は何なのだろう。
ああ、それはが好きだからに違いない。

僕達は従兄妹で、僕達は家族で、僕達は兄妹なのに。
いつからか僕はの事を一人の女として見ていた。

僕達は兄妹で、僕達は家族で、僕達は従兄妹だから。
従兄妹同士なら結婚もできるし、この国の法律上何の問題もない。
何一つ僕の想いを邪魔するものはない。

だけど、この不安感は何なのだろう。
ああ、それはを愛しているからに違いない。

僕がを想えば想うほど罪悪感に苛まれ、言いようない後ろめたさが生じる。
心の底からを大切に思っているから。

ああ、そうだ、今は考えるのを止めよう。
これから僕は大人になって、以上に愛する人ができるかもしれない。
それは有り得ないと思うけど。
だから、今は考えるのを止めなければ。
でないと、僕の心はいつか爆発してしまう。

僕は冷静になった頭でと葉の歩いた道を静かに眺めた。
二人の消えた後の道路は、陽炎が揺れていた。

……葉、絶対にアンナに言ってやるからな。

(2004/03/15) 15歳の葛藤。みんな思春期真っ盛り。





6、庭

「どこかな?」
「あの辺じゃない? ほら、あの燈籠がある辺り」
「そうかな? 向こうの川まではそうじゃないかな」
「うーん……難しいところだわ…」

昼下がり、こんな会話が聞こえてきた。
声を辿って縁側まで出てみると、外を指差してああだこうだと言い合うとハオがいた。
何をやっているのか、まったく分からん。
二人とも真剣だという事以外は、何一つ。

「何やってんだ、二人とも」
「あ、葉。良いところに」
「ん?」

オイラが話しかけると、二人は振り返ってこっちを見た。
そして、二人揃って声を出す。

「「葉は、どこまでが庭だと思う?」」
「は?」

聞くところによると、二人の議題は 『どこまでを庭と認識するか』 らしい。
曰く、庭はこの先200m地点にある燈籠付近で、人の手が行き届く場所まで。
ハオ曰く、庭は燈籠の先にあるオイラたちの散歩コースで、自分たちがよく行く場所。
どちらも家から大分離れた場所にある。

「「葉はどこまでだと思う?」」

そんな事急に言われても、困るのはオイラだ。
つーか、庭ってこの家の敷地内じゃないのか?

そう言ったら、葉はちっちぇえな、と言われた。
たちの範囲が広すぎるんだよ。

(2004/03/18) 要は、考え方は人それぞれだという話。





7、星

『僕が貴女のポラリスになります』

テレビの中で恥ずかしげもなく真顔で言う俳優。
こういう純愛ドラマはあまり好きじゃない。
だって、こういう恋愛なんて有り得ない、絶対に。
けれど、それでもこうやって欠かさずに見てしまうのは、心のどこかで憧れているからだと思う。
ありきたりな言葉でも良いから、心の底から本気で愛してほしい。
それは、女の子なら必ず思う事だ……と思う。

「あー…こういう台詞一度で良いから言われてみたいなー」
「何が?」
「どんな台詞?」

私がうっとりとした目をしてテレビを眺めながら言うと、傍にいた葉とハオが食いついてきた。

「ほら、あのドラマ。『僕が貴女のポラリスになります』ってやつ。
道を見失っても迷わないように、どこから見上げても同じ場所にある北極星になるっていう意味の」

説明すると、二人はふーん、と微妙な反応を見せた。
こういうのは女にしか解らない感覚なのかな。
でも、純愛はある意味恋愛の完成形だと思う。
一途に想って想われて、心の底から愛して愛されて。
それが一番良い形の恋愛じゃないかな。
台詞はクサいけど。

「…僕がのポラリスになろうか?」
「…オイラがのポラリスになろうか?」

同時に言った二人に、思わず噴き出してしまった。

(2004/03/25) 今話題の『冬のソナタ』。あの終わり方はどうかと思うよ…。





8、夜

風呂から上がって部屋に戻ってみると、僕の布団の上で寝こけている葉がいた。
近くに本が落ちている事から、きっと僕の本を読んでいたんだな。
それで、活字に負けて眠ってしまった。
そんなところだろう。

「葉、起きろよ。それじゃ僕が寝れないだろ」

とりあえず、気持ち良さそうに寝る葉を起こしてみる事にした。
片手で本を拾いながら、反対の手で葉を揺する。
すると僕に気付いたのか、葉は少しだけ目蓋を持ち上げた。

「葉、お前自分の部屋で寝ろよ」
「んー……ハオか…」

それだけ言って葉はまた眠った。
もちろん、寝ている葉がその場から動くわけもなく、葉は僕の布団を占領したままだ。

やだなぁ。
どこでも寝れるこの性格、誰に似たんだろう。
僕は葉と違って枕が違うと寝れないのに。
困ったなぁ。
明日は日直なのに…。
枕だけでも返してくれないかなぁ…。

(2004/03/27) 鈍感な弟に繊細な兄。





9、鏡

ときどき、ハオを見ていると鏡を見ているような気分になる。
一卵性双生児のオイラとハオが同じ顔をしているのは仕方がない事だけど。
やっぱり、じっと見てると変な気分になる。

「……葉、何してるんだ?」
「いや、オイラたち同じ顔だなーと思って」
「当たり前だろ。双子なんだし」
「そうだけど……」

ハオは何とも思わんのだろうか?
目の前に同じ顔があっても、オイラの顔がどれだけハオに似ていても。

一卵性の双子は、顔も背格好もそっくりで、違うのは性格と髪の長さだけだ。
性格が違うから、もちろん表情も違うけど、それ以外は全部一緒だ。
今日はオイラたちの誕生日だけど、
歳をとってもオイラたちは同じなんだと思い知らされる。

「私、ときどきハオと葉を鏡だと思うよ」

曰く、オイラたちは三次元の鏡らしい。

(2004/04/13) 本当に、この双子は鏡だと思う。





10、水

「硫化鉄【FeS】に塩酸【2HCl】を加えると、塩化鉄【FeCl2】と硫化水素【H2S】ができる。
この式書ける?」
「書けねぇ…」
「もっと簡単なのにしてみたら?」
「…うん。じゃあ、水の化学式。【2H2+O2→2H2O】は分かる?」
「………分からん…」

30分前から繰り返される会話。
明後日は中間テストだっていうのに葉はかなりやばそうで、
もしかしたら成績表に『1』がつくかもしれない。
仕方ないから、葉は私とハオに挟まれて勉強をさせられている。

「酸素原子が1つと水素原子が2つで水の分子ができる。それは分かるよね?」
「おお。そこまでなら分かるぞ」
「原子は1つでは存在できないから、2つが一塊になって安定するのは?」
「…何とか分かる」
「じゃあ、酸素原子が2つだと、安定した水分子ができるには水素原子がいくついる?」
「………4つ?」
「正解。やればできるじゃない」
「それで、水素原子は4つでは安定しないから2つずつに分かれて水素分子が2つできる」
「おお、なるほど!」

これ以上できないくらい噛み砕いた説明で、ようやく葉は理解してくれた。
このペースで行けば明日の夕方には理科を終わらせられる。
なんとかゴールラインが見えて、私は安堵の溜息を漏らした。

「とにかく、酸素原子が1つに対して水素原子が2つ。それが基本なの」
「葉にだってそれくらい分かるだろ?」

私たちがそう言うと、葉はいつもの調子で笑った。

「なんか、オイラたちみたいだな」

2対1のこの勉強風景の事か、双子の二人と従兄妹の私の事を言ったのかは分からなかったけど、
葉のこの言葉は、張り詰めていた空気をすっと壊した。
葉は無意識だったみたいだけど、私たちは顔を見合わせて笑った。

この関係が心地よいと感じるのは、私だけではないはずだ。

(2004/04/23) 2対1のテスト勉強。結局、葉のテストは散々だったが、赤点は免れたらしい。




メニュ