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【2004年5月12日】 「「誕生日おめでとう」」 とアンナがエプロンをつけて二人並んで台所に立ち、 その日の夕食は全て二人の手作りで、 さらに手の込んだ苺のバースデーケーキまで作ってもらった。 オイラたちは19本ある蝋燭をいち・にの・さん、で吹き消し、 見事なまでに計算しつくされた3分の1ずつを配当され、 とアンナは6分の1ずつ皿に取った。 何て事ない日常の風景だけど、オイラはちょっと感動している。 こう言ってはアレだけど、アンナは絶望的に料理ができない。 同棲してる今も料理はオイラの仕事だし、 本当にちょっと、もう、調理師免許を諦めて板前を探し出すほどだ。 それが、だ。 の手を借りるだけでここまで素晴らしいものになるとは。 夕食はオイラたちの好みを熟知したによってカレーになった。 ただし、は手抜きを一切せずにスパイスから作ってくれた。 花嫁修業だと言ってアンナと仕事をきっちり半分に分けた。 それでもお店で出るような見事なカレーができた。 少しイチゴと生クリームが歪んだケーキも美味しかった。 前々から知ってたけど、は凄い。 あのアンナに料理をさせて、かつ成功させるなんて。 身重なのに大丈夫かとかなりやきもきしたけど、 もう安定期に入っているのか、の顔色はとても良かった。 お腹は少し目に付くようになった。 この中に赤ちゃんがいると思うと不思議な感じだ。 「葉は来年から叔父ちゃんだね」 「そうね。あたしはまだ十代の女子大生だけど」 「ははは。結婚した瞬間に叔母さんになるけどね」 そう言ってハオとアンナが笑顔で棘を刺し合い、 (この二人は気が強すぎて時々対立しそうになる)(でも全部未遂だ) 空気が気まずくなる前にが笑いながら包丁を構えた。 それで二人が鎮まるんだから、本当には凄い。 (殺気なんてない)(そんなの全然ない) 「はい、これ。誕生日プレゼント」 そう言って空のご祝儀袋を渡されたときは泣きそうになった。 まだ見ぬ甥っ子か姪っ子のために生活を切り詰めろ、と…。 嘘、嘘、嘘。 こっちが本物。 そう言って綺麗な包みを渡されたとき、オイラは心の底から安堵した。 (2008/08/08) 嬢の冗談は色んな意味できつ過ぎる。 【2004年7月某日】 大学生になって初めてのテストが迫っている。 私には関係ないけど、私以外のみんなには関係がある。 今日は葉たちの家に泊まって、明後日からのテスト勉強をする事になった。 ハオはテキパキと持ち込み用のノートをまとめ、 アンナは教科書を頭から読み直して要点をまとめ、 葉は何が重要なのかそうじゃないのかを吟味していた。 私は三人が勉強に集中できるようにお茶を淹れたりご飯を作ったり、 暇になると第三者の目という武器で葉の手伝いをしたりしていた。 変わらないなぁ、と思った。 中学のときも高校のときも、テスト前はいつも似たような光景があった。 変わらないけれど、変わっていくもの。 変わっていくけれど、変わらないでいてほしいもの。 これから劇的に、急速に変わっていくのは私だろうけど。 一度変わってしまったものを元に戻すのは容易ではないけれど。 それは理解しているけれど。 だからこそこの光景は守っていきたかった。 「どうして講義を受けてる葉より私の方ができるのよ」 葉の額をパチンと弾いて、私は溜め息混じりに笑った。 (2008/08/10) 葉は完全に勉強の才能が欠如している。 【2004年9月27日】 今日はの19歳の誕生日。 学校帰りに時間を合わせて葉とアンナを僕たちの家に招き、 既製品で悪いけどホールケーキを買ってささやかに祝った。 家に帰るとが夕飯を作ってくれていた。 いつもは僕にも同じ物を食べさせるのだからと言って献立を気にするけど、 今日はの食べたいものを食べたいだけ作って良いと言った。 は妊婦である。 二人分の栄養を取らなきゃいけないし、妊娠して好みも変わった。 もうそろそろ臨月だから、お腹はパンパンに張っている。 胎動だってあるし、僕も葉もアンナも触らせてもらった。 初めて触らせてもらったときはちょっと感動した。 も初めて胎動を感じたときは感動したと言っていた。 だから、今日はの食べたいものを食べたいだけ。 好きなものを好きなだけ。 本当は料理も作りたかったけど、講義の関係で断念した。 に、自分の誕生日より学業を優先させろと窘められた。 驚くかもしれないけど、最近は僕も料理をするようになった。 目の前に出産を控えた妻がいるのに、何もしない夫は救いようがない駄目男だ。 その結果、食卓には野菜をふんだんに使った料理が並べられた。 「ごめんね」 悪びれるふうもなく言ったに、僕は少し後悔した。 草食動物ですかと問いたくなるほどの野菜。 野菜、野菜、野菜。 食材の8割が野菜だった。 申し訳程度にアスパラの肉巻きがあったり、手羽先のお酢煮があったり。 確実に僕たち用のメニューだった。 セミベジタリアンだ。 「僕はもう慣れたけどね」 たんぱく質を卵と大豆で補うだ。 『大豆は畑のお肉です』と何度聞かされただろう。 僕とでメニューが違う日もざらだ。 「今日だけだから、ね? 今日は無礼講」 そう言って二人分の野菜を食べるから生まれる子供が、 どうかベジタリアンになりませんようにと祈る他なかった。 (2008/08/12) 基本的に野菜が好きな嬢。夫の好物のカレーも野菜だらけ。 【2004年10月21日】 『さっきの陣痛が始まって、今病院に着いたところよ』 出産予定日を1週間後に控えたのために 二日前から東京に来ていた母ちゃんから電話がかかってきて、 家で夕飯の準備をしていたオイラとアンナは急いで病院に向かった。 予定日より少し早いけど、とうとう生まれてくるらしい。 病院に着くと、顔面蒼白で焦りと苛立ちを隠しきれないハオと、 それとは全く対照的に涼しい顔をした母ちゃんがいた。 「大丈夫よ。『お母さん』は強いんだから」 さすがに母ちゃんは凄い。 オイラとハオをいっぺんに、それも出雲の実家で産んでしまった人だ。 それに比べればここは設備も整ってるし、一人くらいどうって事ない。 らしい。 でも分娩室から聞こえてくる声は尋常じゃなかった。 ハオは真っ青になってうろうろしている。 大学の講義で忙しくて父親講習を受けられなかったから、 残念ながら分娩には立ち会えないらしい。 そしてそれが不安を増長させているらしい。 こんなハオは初めて見る。 そして1時間が経ち、2時間が経ち。 日にちが変わって翌日の朝になろうとした頃。 夜明け前に産声が聞こえた。 それは歓声に飲み込まれた。 「元気な女の子ですよ」 分娩室から出てきた助産師のおばさんがそう告げて、 ハオだけ入室を許された。 母ちゃんは急いでじいちゃんたちに電話をかけに行って、 アンナはようやく小さな欠伸をした。 それから1時間くらいしての処置も終わって、 真っ白い病室でオイラたちは赤ちゃんと対面した。 に似て色白の、小さな小さな赤ん坊。 朝日に照らされた病室では聖母のように優しく微笑み、 その腕の中で眠る我が子の頬を撫で、ハオは涙を拭った。 (2008/08/13) 結婚してからハオは涙もろくなった、と葉は思う。 【2004年10月21日】 ※茎子視点 お祖母ちゃんになるのって、何だか不思議な気分だった。 我が子同然に育ててきた、妹夫婦の忘れ形見。 はすくすくと大きくなって、本物の我が子のハオと結婚した。 そして間もなくは赤ちゃんを身篭った。 婚約や結婚のときもそうだったけど、妊娠には随分驚かされた。 私たちの子供は、想像以上に子供じゃなかった。 早老と呼ぶにはあまりにも幼く、達観的と呼べるほど冷めてもいない。 この年頃の自分はどうだったろうと思い出して、 そう言えば私も妹夫婦も結婚は突然だったと思い返して笑みが零れた。 麻倉の血筋かしら。 そう考えるのがあまりにも自然で笑ってしまった。 「元気な女の子ですよ」 8時間に及ぶ長い分娩で心配だったけど、私も母だ。 しかも古風に自宅で、母・木乃の助産で双子を産んだ。 だから子供たちほど狼狽はしなかった。 緊張の糸が切れたハオは泣いていた。 葉もアンナも安心して肩の力を抜いた。 「これでもお母さんね」 そう言ったとき、は本当に優しくて甘い笑みを浮かべた。 「私たちの赤ちゃん。あんなに痛かったのに、まだ実感がないの。変な気分」 「最初はそんなものよ。私もそうだったもの」 「母さまも? 『お母さん』って不思議ね」 「そうね。不思議ね」 同じ『母』という生き物になった私たちは、顔を合わせて笑った。 の腕の中で眠る赤ちゃんに、ハオたちは釘付けだった。 それを見て、また二人だけで笑った。 これからこの子は強くなっていく。 新しい命と一緒に、ハオと一緒に。 強くなって、いつかお祖母ちゃんになる。 まだ気が早すぎるかもしれないけど、はくすぐったそうに笑った。 (2008/08/13) お母さん1年生と、お祖母ちゃん1年生。 【2004年12月26日】 クリスマスは東京(こっち)で過ごすけど、年末には帰るから。 そう母さまに伝えたとき、電話口の向こうで父さまがしな垂れるのを感じた。 愛しの子供たちと喜びの初孫のサンタになりたかったらしい。 年始に獅子舞を被らなければ良いのだけれど、と言うのが私たちの悩みの種だった。 私がこの子を出産した数日後に家族総出で駆けつけてくれて、 孫、曾孫として、麻倉家の面々には一応対面はさせている。 生まれたばかりだったから、ほとんど眠っていたけれど。 それからは、究極的に表現するなら音沙汰なしだ。 定期的に電話で交流は取っているのだが、残念だが映像は届けられない。 (だってあの家、今のご時勢に携帯電話もパソコンもないのだ) 時々写真を郵送しているくらいだろうか。 それで、私たちは5人で出雲に帰った。 うち一人――もちろんこの子の事だけど――は初めての訪問となる。 先程授乳もしたし、今は私の腕の中でぐっすりと眠っている。 「初めてだからちょっと緊張するかもね。大丈夫かな」 「あの家は特殊だからなぁ。驚くんじゃねぇか?」 「大丈夫だよ。僕たちに似て聡い子だから。ね、」 今、ハオがさらりとナルシストっぷりと親馬鹿っぷりを見せた。 妊娠してたときからハオは絶対に親馬鹿になると思ってたけど、 その予想は寸分の狂いもなく当たってしまったらしい。 それまで黙って駅弁を食べていたアンナが眉を吊り上げた。 「うざい父親ね」 「それは父さまも一緒よ」 呆れた親子だわ。 そう言い捨てて、アンナは咀嚼を続けた。 向かいの席でハオが殺気立っていたけれど、 この子の教育に悪いから止めてと言ったらすぐに止めてくれた。 ……本当に、困ったくらい娘を溺愛する親馬鹿だ。 将来絶対に『娘はやらん!』って怒るタイプだ。 (2008/08/16) それはまだまだ先の予想だけど。 |