【2002年5月12日】

今日から、オイラたちも少しずつ『麻倉』になる事を認められた。
ようやくだと思った。
ようやく、の背中を追いかけられる。
半年であっという間に高みに行ってしまった
次の誕生日には一人前の巫女になれるだろう、ってじいちゃんが言ってた。

うかうかしてられないね。

これはハオの言い分だった。
確かにその通りだと思う。
オイラたちはまだ『一人前の男』じゃないから、
難しい事は全く教えてもらえない。
本当に、触りだけだ。

そうこうしている間にはどんどん先に進んでいく。
『麻倉』に足を踏み入れて分かった、
とオイラたちの、決して埋める事のできない差。

こんなにもが遠い。
ハオはそれを痛感していた。
の未来の夫として、麻倉の次期当主として。

泣きたくなるよ。

オイラにだけ見せた、ハオの弱気な一面。
あのプライドの高いハオが、悔しそうに笑う。
苦しくてしょうがないって、オイラの魂が呼応する。

もう少しだけ待っててくれ。
あと1年したら、オイラたちは走り出すから。
に近付くために、全力疾走するから。

(2008/07/18) 『麻倉』は人の心まで容易に侵す。





【2002年8月15日】

迎え火を燈して、送り火を燈す。
茄子と胡瓜の馬を用意して、線香を焚きこめる。
今年もご先祖様のお迎えとお見送りが終わる。

今年は、単身で出雲に来たアンナと私が全ての準備をした。
巫女装束に身を包み、全ての儀式は厳かに行われた。

私とアンナ。
麻倉の嫁。

アンナはイタコ、私は陰陽師と巫女。
私たちは似て非なるもの。
けれど運命を共にする者。

ハオは麻倉の次代、葉は民宿の跡継ぎ。
似ても似つかない、非なるもの。
けれど魂を分かつこの世界にたった二人の双子。

私とアンナは麻倉の嫁。
ハオと葉は麻倉の跡継ぎ。
私とアンナは、運命に抗う事もなく。
ハオと葉も、己が運命を享受して。

つつがなくお盆は過ぎていく。

(2008/07/19) こうして子供たちは大人になっていく。





【2002年9月27日】

今日、がユルシの儀を受けた。
去年と同じ巫女装束に身を包んだが、
あの時代錯誤な部屋で当代であるじいちゃんから
一人前の『麻倉』の人間として認めると、正式に言い渡された。
これでは、『麻倉』を名乗って金銭の絡む仕事ができる。

は笑っていた。
僕はどうしたらいいのか分からなくて、
の小さな体を抱き締めた。

『麻倉』って一体何なんだろう。
僕らの運命を雁字搦めにする、未知の存在。
『麻倉』は、何のために存在して、
何の権限を持って僕たちの自由を奪っていくのだろう。

「何も変わらないよ」

そう言って頬を撫でてくれたのは自身だった。
僕は何となく寂しくて、でも嬉しくて、悲しくて、切なくて。
を抱き締める事しかできなかった。

「私は何も変わらない」

だから、ハオも変わらないでいて。
そう言って僕の胸に顔を埋めるは、いつもよりも小さく見えた。

がそれを望むなら…」

上手に笑えなかったけど、触れるだけのキスはできた。
僕はの首に小さなチャームのついたネックレスを飾って、
そしてもう一度をきつく抱き締めた。
偽物の宝石で、君を繋ぎとめられると信じて。

(2008/07/20) 先の見えない運命と、それに流される子供たち。





【2002年10月某日】

「1組の麻倉って可愛いよな」

そんな噂を聞いたのは、文化祭で賑わう校内での事だった。
同じ苗字で、しかも血縁者のため、オイラたちが同じクラスになる事はない。
小学校から今までずっと、そして多分これからもずっと。

「浴衣、似合ってたよな」

さっきと同じ声が聞こえた。
2組の麻倉はオイラ。
3組の麻倉はハオ。
そして、1組の麻倉はだ。

1組はクラス出展で簡易の茶席を開くらしい。
雰囲気を出すために女子は浴衣着用。
浴衣が着たいから茶席になったのよ、とは苦笑いをしていた。

確かには可愛いし、浴衣も似合う。
でも、それを知っているのはオイラたちだけで良いんだ。
他の誰かにそれを分かってもらおうなんて思わないし、
むしろ分かってほしくない。

はオイラの従兄妹で、妹で、大切な家族で、ハオの許嫁だから。
他の誰にも渡さない。
男子にモテるのも知ってるけど、誰にも渡さない。
指一本触れさせない。

はオイラたちだけのだ。

何だか腹にもやもやとしたものを抱えながら、オイラはたこ焼きをひっくり返した。

(2008/07/20) その独占欲は、彼女がこの手の中にいないからこそ強くなる。





【2002年12月25日】

クリスマスの朝、私の枕元には二つのプレゼントが届いていた。
赤い包み紙と、緑の包み紙。
リボンで可愛く飾り付けられたそれには、
間違いなく『Merry Christmas』と書かれたカードが添えてあった。

私は二つを抱き締めて、それからリボンを解いた。
赤い包みの中には、柔らかくて暖かいブランケットが。
緑の包みの中には、もこもこした真っ白いミトンが。

『親愛なるへ』

そう書かれたカードに、私はそっと口付けをした。

愛すべき二人のサンタクロースは気付いただろうか。
実は昨夜二人が忍び込んでくるのを、
布団の中でじっとしながら盗み見ていたのを。
まさか夜中の3時まで起きているとは思わなかっただろう。
私も早く寝たつもりだったけど、
最近は全てにおいて敏感になって、人の気配に気付いて起きてしまったのだ。

「ありがとう、二人とも」

もう一度二つの贈り物を抱き締めて、私は着替えもせずに部屋を出た。
早く会いに行こう。
愛すべき、二人のサンタクロースに。
『ありがとう』を言うために。

(2008/07/20) 果たしてサンタクロースの苦労は報われたのか。




メニュ