【2001年4月某日】

今日、私たちは高校生になった。
主席合格したハオが新入生挨拶をし、そのハオと全く同じ顔をした葉が取り囲まれ、
今年も全員バラバラになってしまった教室で一人、
私は真新しい制服を見つめていた。

濃紺のセーラー服。
白いラインと白いリボン。

これからまた新しい1年が始まる。

3年前とは随分と変わってしまった。
私にはハオという恋人ができて、さらに私たちは結婚を誓った仲で、
でもそれはみんなには内緒で、
この学校で知ってるのは葉だけで、その葉にも許嫁ができて。

恋人か…。
そう思ってハオの横顔を盗み見て、私はほんのりと頬を赤く染めた。

高校生になって、纏う空気が少しだけ大人になったハオは、
私の心を見事に奪ってしまった。
どんどん加速していく。
日増しにハオが愛しくなっていく。

いつかこの笑顔が私だけのものになるのだろう。
そう考えるだけで、私の心臓は愛しく軋んだ。



二人に呼ばれて、私はいつの間にか伏せていた顔を上げた。
二人とも不思議そうな、けれどやわらかい笑みを浮かべて私を見ていた。

「何でもない」

何でもないよ。
ただ、この幸せはいつまで続くんだろうって、少しだけ不安になっただけだよ。
不滅のものなんてないって知ってるよ。
でもそれを望んでいただけだよ。

私は二人の間に入ってその手を繋ぎ、
私たちの心が離れてしまわないように。

手と手を、心と心を繋いだ。

(2008/07/07) 高校生デビュー。





【2001年5月12日前夜】

明日に誕生日を控え、部屋でのんびりしていると、
が部屋の襖から顔を覗かせた。

『今年の誕生日は何がほしい?』 と訊かれて
少し逡巡してから『』と答えたら、『馬鹿』と言われて頭を叩かれた。
でも他に欲しいものなんて浮かばなくて、
そう言えばはもう僕だけのものだったんだと考え付いた。
それを素直に口にすると、『死ね』と言われて肘鉄を食らった。
結構痛かった…。

「ハオって物欲がないのね」

知ってたけど。
そう言っては、今しがた自分が攻撃を加えたところを優しく撫でた。
矛盾してると思ったけど、それを口にしたらまた叩かれそうな気がして止めた。

「葉は単純で楽だったのに…」

その言葉に、ちょっと引っかかりを覚える。

「……何? もう葉のは準備してあるの?」
「うん。Bobの初回限定版アルバム」

確かに分かりやすかった。

「ハオにも何か好きなものがあれば良いのにね」
「好きなものならあるよ」

その言葉に、は首を傾げて『なぁに?』と尋ねた。



そう言うと、今度は近くにあった本を投げてきた。
それが当たってかなり痛くて、いよいよ抗議しようと口を開きかけると、
クッションを抱いて、それに顔を埋めるが目に入った。

「……ばか…」

僕が直視できないくらい、顔を見せられないくらい、
相当恥ずかしかったらしい。

それだけで満足だよ。
を抱き締めると、まるで八つ当たりのように胸にぐりぐりと頭を押し付けられた。

それだけで。
それだけで僕は幸せなんだよ。

(2008/07/08) 結局プレゼントは星の模様の入ったシルバーのバングルになった。





【2001年7月7日】

今年の七夕はいつもと違った。
まず、笹を取ってくる役目が父ちゃんじゃなくてオイラたちになった。
オイラとハオは朝から竹林に行った。
陣頭指揮を執ったのは母ちゃんだった。
父ちゃんは竹を設置するための穴を掘った。
祖父ちゃんは高みの見物。
は短冊や飾りを折り紙で作っていた。
料理はたまお担当だった。

それから何が一番違ったかって、
がオイラたちに手作りの浴衣をくれたんよ。

正確に言えば、ハオのはが作って、
オイラのはアンナが作って送ってきたらしいけど。
ハオが藍の絣で、オイラのが深緑の絣。

ちなみにとたまおのは青森の祖母ちゃんが作ったらしい。
が黒の蝶柄で、たまおが水色の金魚柄。
さらに補足で、アンナは生成りの風車柄。
これは母ちゃん作。

「高校って案外暇なのよね〜」

予習復習に終われる事もなく、最初の定期テストを勝ち得た者のセリフだった。

(2008/07/08) テストの覇者はハオ、次いで嬢。





【2001年9月27日】

今日、私は16歳になった。
16歳。
日本の法律で、女の子が結婚できる歳。
それは私にとっても、ハオにとっても、麻倉家にとっても
とても大切な日だった。

その日は家に帰るなり、冷たい井戸水で禊をさせられた。
そして古めかしい、けれど真新しい着物に袖を通す。
巫女装束のような、白拍子のような。
白い繻子の打ち掛けに。朱色の袴。
白粉を薄く乗せ、唇に紅をひく。

全ての準備が整ったら、私は当代であるおじいちゃんの所に連れて行かれた。
盆暮れ正月くらいしか使わない、だだっ広い和室。

おじいちゃんは一段高いところに座り、
向かって右側にハオと葉、左側に父さまと母さま。
たまおは一段下、私と平行に座している。

私はおじいちゃんと向き合って、深々と頭を下げた。

、お前はもう一人前の女じゃ」
「はい」
「これからは、麻倉としても、麻倉の嫁としても、修業もせねばならん」
「心得ております」

たまおが朱の漆塗りの杯を乗せた桐の三宝を私の前に置く。
私が杯を手に取ると、たまおが銚子で酒をなみなみと注ぐ。
おじいちゃんの手にも私と同じ物がある。

「今日を持って麻倉となるそなたに祝福を」

おいじちゃんの合図で、私たちはそれぞれの酒を飲んだ。
三度に分けて、少しずつ。

お酒って苦い。
でも、私はもう麻倉の人間だから。
麻倉の嫁だから。

私はどんな事にも立ち向かわなくちゃいけない。

(2008/07/08) 最初の『麻倉』は、嬢でした。





【2001年12月某日】

少しずつ家が変化し始めた。
それはの誕生日を皮切りに、少しずつ、少しずつ。
毎年この時期はクリスマスと正月の気配に包まれるのに、
今年はいつもと違ってちっとも賑やかじゃない。

12月は師走。
師(僧)が走らなければならないほど忙しい時期。
いつもは大人たちだけが忙しかったのに、
今年からそれにも加わった。

寒いのに毎日禊をして、滝に打たれて、穢れを落として、
祝詞をあげて、この世ではない世界に足を染めて。
少しずつ『麻倉』になっていく。
僕と葉は置いていかれる。
はこうと決めたら頑として曲がらない。
彼女の瞳は、覚悟をした女のそれだった。

、風邪とかひかないんかなぁ…」
「僕らよりは健康だと思うよ」
「あれか? 『健全なる魂は、健全なる肉体に宿る』…だっけ?」
「そうみたいだね」

が修行している間は、僕らは炬燵から出る。
雪深い出雲の冬。
寒さに凍えながら、僕らはに近付きたいと望む。

「あー…。今年、何あげ…」
「僕がマフラーで、葉が手袋」

葉の言葉を遮って僕が言う。
勝手に決められた葉は少なからずショックを受けていたけど、
僕の意見に反対する事はなかった。

親愛なる僕の可愛いへ。
せめて君の『普通』を守るために。

(2008/07/18) 双子によるささやかなクリスマス会議。





メニュ